福井地方裁判所 昭和28年(ワ)48号 判決 1956年3月15日
原告 広撚株式会社
被告 三原物産株式会社
主文
被告は、原告に対し金二一〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和二八年二月一九日から支払済にいたるまでの年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決は、原告において金七〇、〇〇〇円の担保を供託するときは仮にこれを執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「(一) 原告は、各種織物および原糸の売買を業とする会社であり、被告は、人造絹糸等各種繊維製品の売買を業とし昭和二七年一一月一日より福井市佐佳枝下町三八番地に出張所を開設していた会社である。
(二) 原告は、昭和二七年一二月一二日、右出張所において、被告の商業使用人たる橋本三郎との間で、被告から、別紙<省略>記載の人造絹糸五、〇〇〇ポンドを価格金九四五、〇〇〇円(一〇〇ポンド当り金一八、九〇〇円の割合)、納期昭和二八年一月中、引渡場所原告方店舗、と定めて買受ける旨の売買契約を結んだ。
(三) ところが右納期の迫つた同月下旬頃になつても被告が右人造絹糸を引渡す気配をみせなかつた一方、当時人造絹糸の相場は日毎に騰貴していたので被告の右引渡債務の不履行によつて原告が蒙むるべき損害が増大するのを避けるため、止むなく原告は同月二九日右人造絹糸にかわるそれと同等の人造絹糸五、〇〇〇ポンドを同日の市価である金一、一五五、〇〇〇円(一〇〇ポンド当り金二三、一〇〇円の割合)で他店より買入れた。
(四) そして遂に被告は、右納期までに右人造絹糸を引渡さなかつたのであるが、原被告間の前記人造絹糸の売買契約は、その売買の性質上、同月中に原告がその引渡を受けるのでなければ契約の目的を達することができないところのいわゆる確定期売買であるから、右契約は同月末日の経過と共に当然解除されたものである。
仮に右の確定期売買であることが認められないとしても、一般的に本件売買のような人造絹糸の銘柄取引においては売主が納期までに取引の目的物を引渡さなかつた場合には納期限り当然契約が解除される商慣習があり、本件取引についても当事者双方は右商慣習による意思をもつて取引したのであるから、本件売買契約は右商慣習によつて、右契約納期の経過と共に当然解除されたものである。
(五) ところで、原告は、被告の右不履行により損害を蒙つたのであるが、その数額は少くとも、原告が他店から買入れた前記価格金一、一五五、〇〇〇円(この価格は契約納期である一月三一日の後記相場より安価な一〇〇ポンド当り二三、一〇〇円の割合で計上したもの)から原被告間の契約価格金九四五、〇〇〇円を差引いた金二一〇、〇〇〇円であるが、当時右人造絹糸の相場は、同月下旬頃騰貴の一途をたどり、同月三一日の相場の如きは、一〇〇ポンド当り午前金二三、二〇〇円、午後二三、七〇〇円であつたが、このように相場が日々高騰していたことは、およそ人造絹糸の銘柄取引にたづさわる者、従つて被告の当然予見していたところであり、または少くとも予見することのできたところであるから、被告は原告に対し、これを賠償すべき義務がある。よつて、原告は被告に対する右損害金二一〇、〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二八年二月一九日から支払済にいたるまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(六) 仮に原告の主張する本件売買取引の相手方が被告が主張するように被告でなく訴外橋本三郎であつたとしても、右訴外人は被告の許諾を得て三原物産株式会社なる商号を用い、同会社の福井出張所という名称を使用して人造絹糸等の売買を営んでいたために、原告は被告を右訴外人の営業主と誤認して本件人造絹糸の売買契約を結び、その結果、前記損害を蒙つたのであるから、被告は商法第二三条にいわゆる自己の商号を使用して営業をなすことを右訴外人に許諾したものとして、前記損害を右訴外人と連帯して賠償すべき義務がある。すなわち更に詳述すれば、
(イ) 被告が右訴外人に自己の商号の使用を許諾していたことは、
(1) 被告会社代表取締役平松毅は、右訴外人を被告会社の従業員として待遇していたが、そうでないとしても少くとも形式上従業者として取扱うことを承諾していたこと。
(2) 被告会社は、右訴外人から、被告会社宛の、差出人名義が三原物産株式会社福井出張所なる書留郵便を受取りながら、その名義の使用方を禁止していなかつたこと。
(3) 被告会社からも右訴外人に対し、三原物産株式会社福井出張所名義で封書を出していたこと。
(4) 被告会社は、右訴外人に対し、同人がこれを利用して営業をなす便宜のため被告会社振出の約束手形を、貸与していたこと。
によつて明白であり、
(ロ) また、
(1) 右訴外人は、三原物産株式会社福井出張所を開設するに当り、原告をはじめ、福井市内の多数の人造絹糸売買業者に対し、三原物産株式会社なる商号を使用し、同会社福井出張所なる名称を用いて案内状、年賀状を出し、その商号を用いて人造絹糸の売買取引を継続したこと。
(2) 福井市内にある右訴外人の店舗には、昭和二七年一一月頃から三原物産株式会社福井出張所という看板を掲げていたこと。
(3) 福井市内には、人造絹糸、人絹織物の売買取引をなす便宜のため、大阪市に本店を有する多数の商社が出張所を設けており、その出張所は福井市方面における右取引につき本店に代理して取引をする権限を持つているのが通例であること。
によつて、原告が被告を訴外橋本の営業主体と誤認したのは当然である。
従つて、被告は右理由からしても前記のとおり訴外橋本と連帯して原告に対し前記損害賠償義務を有するものである。」
と述べ、
被告の主張に対し、
「(七)被告の(二)の各予備的抗弁および(三)の過失相殺の主張はいずれもこれを否認する。」
と述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁および主張として、
「(一) 原告主張の事実のうち、原告並に被告が、その主張のような営業を営んでいることは認めるが、その他の事実はすべて否認する。被告は原告と原告主張のような人造絹糸の売買取引をしたことはない。すなわち訴外橋本三郎は被告の商業使用人ではないばかりでなく、被告は右訴外人に何等取引の委任をしたこともないから、原告との右取引の相手方は被告ではなく右訴外人である。また、被告は右訴外人に三原物産株式会社という商号を使用して営業をなすことを許諾したこともない。そしてこれ等のことは、被告が右訴外人に俸給を支給したこともなく、被告が右訴外人からその営業状況の報告を受けていなかつた事実によつても明瞭である。さらにまた、原告は被告を同人の営業主体と誤認していない。このことは、本件取引が現物の授受を目的とするものでなく単に差金の授受を目的とするいわゆるオツパ取引であつて、その取引型態が被告会社の取引型態と著しく異つていた事実からみても明らかなところである。
(二) 仮に右主張が認められないとしても、原告の主張する人造絹糸の売買取引は、いわゆるオツパ取引であつて、この取引は、
(1) 相場を利用して差金を授受することを目的とする行為であるから、商品取引所法第一四五条に違反し、且つ公の秩序善良の風俗に反する事項を目的とする行為に当り無効であり、
(2) 次に先物取引をする商品市場に類似する施設においてなされたものであるから、同法第八条に違反し無効であり、
(3) 更に右訴外人が差金の授受を目的として結んだもので、同人は現物を授受する意思がなかつたのであるから、同人の結んだ売買契約が原告の主張するように現物を授受することを必要とする売買契約であるとするならば、同人の側に錯誤があり、その錯誤は同人の法律行為の要素に関するものであるから無効である。
(三) また、仮に右の主張がすべて認められず被告に損害賠償義務があるとしても、原告の主張する損害の数額を争う。すなわち、原告は、予め、被告と右訴外人との関係、右訴外人の支払能力、被告会社の取引の型態等の事情をよく調査して事前に右損害の発生ないし増大を防止する適切な措置をとるべきであつたのに、その措置をとらなかつたのは原告の過失であるから、過失相殺の法理によつて、被告には全く損害賠償の義務がない。
従つて、原告の請求は失当である。」
と述べた。
<立証省略>
理由
(一) 原告が各種織物および原糸の売買を業とし、被告が人造絹糸等各種繊維製品の売買を業とすることは当事者間に争がない。
(二) そこで先づ、原被告間において、原告主張のような売買取引が行われたか否かについて判断するに、当事者が提出あるいは援用するすべての証拠を綜合してみても、到底、原告が、被告を売主として、その主張のように人造絹糸を買受けたと認定することはできないけれども酒人野村志計雄、山本清、菱屋正春(第一、二回)、漆原健次郎(第一、二回)、久世正也、田中章五、福井昭三、橋本三郎(第一、二回、但し、後記措信しない部分は除く)、江良泰行の各証言、および、証人橋本三郎(第二回)、山本清、原告代表者藤原長司の各供述によつて成立を認めうる甲第一号証、証人竹林仁の供述によつて成立を認めうる甲第一〇号証の一ないし三、証人野村志計雄の供述によつて成立を認めうる甲第一四号証、甲第一五号証の一、二、証人橋本三郎(第一回)の供述によつて成立を認めうる乙第六号証の一、二、成立に争のない甲第七号証の一、二、甲第八号証、乙第一ないし第三号証を綜合すると、昭和二七年一二月一二日、原告は、同年一一月一日頃から福井市佐佳枝下町三八番地メリヤス会館の一室を借受けて店舗とし三原物産株式会社という商号を用し、同会社の福井出張所という名称を使用して人造絹糸の売買を業としていた訴外橋本三郎から、別紙記載の人造絹糸五、〇〇〇ポンドを価格金九四五、〇〇〇円(一〇〇ポンド当り金一八、九〇〇円の割合)、納期昭和二八年一月中、引渡場所原告方店舗、と定めて買付る契約をしたことを認定することができる。
そして右橋本と原告との売買取引の内容と実情とは、前記各証拠を綜合すると、現物の授受を目的とした実需取引であつて、将来右現物を現実に授受することを約するいわゆる先物引渡取引であり、右の納期一月中との定めは、売主としては昭和二八年一月中ならばいつでも、その都合よい時期に現物を引渡してよく、買主としては売主が現物を引渡す際は必ずその引渡を受けなければならないという、いわゆる「売主勝手渡の取引」(通俗には売主が勝手の時に商品をおつぱなす意味でオツパ取引と称せられる。)であつて、原告も右橋本も右趣旨をよく了解して取引をしたものであること。そこで、売主たる右橋本は、約旨に従い、同月末日までに右人造絹糸五、〇〇〇ポンドを他店から買入れて原告に引渡す予定であつたが、同月下旬頃その相場が騰貴し、右取引と同様なほかの取引で約二六〇万円余りの負債を蒙つたので、金策のため同月二一日頃、福井市を発つたまゝ再び福井市の前記店舗に戻らなかつたため、原告との前記取引は遂に不履行に終つたが、一方原告は、同月下旬頃になつて右橋本との取引が不履行に終りそうな気配を察知したので、同月二四日頃被告会社に対しても右取引の履行方を交渉したが、右取引は右橋本個人の取引であつて被告会社に関係のないものとして、被告会社からその履行を拒否されたため、右人造絹糸が納期に納入されない場合を考慮し、それにより蒙むるべき損害の増大を避けるため止むなく、同月二九日、(イ)訴外東洋棉花株式会社から右人造絹糸と同等の人造絹糸一、〇〇〇ポンドを代金はその時の市価相場であつた一〇〇ポンド当り金二三、一〇〇円の割合で合計金二三一、〇〇〇円、納期同月中の先物引渡取引の方法で、(ロ)訴外江商株式会社から右同様五〇〇ポンドを代金は右同様金二三、二〇〇円の割合で合計金一一六、〇〇〇円、即時引渡取引の方法で、(ハ)訴外山本商店から右同様四、五〇〇ポンドを代金は右同様金二三、二〇〇円の割合で合計金一、〇四四、〇〇〇円、即時引渡取引の方法で、それぞれ買付け、代金総計金一、三九一、〇〇〇円を支払つてそれぞれ現物の引渡を受けたこと。右人造絹糸の相場は、同月下旬騰貴し、同月三一日の相場は一〇〇ポンド当り午前中金二三、二〇〇円、午後金二三、七〇〇円であり、このように当時人造絹糸の相場が日々変動していたことは、およそいわゆる人造絹糸の銘柄取引にたづさわるもの、従つて右橋本にとつても当然予見し得たものであつたこと。及び右の原告と訴外橋本との取引は右人造絹糸の銘柄取引であつて、この取引においては、人造絹糸の相場の変動に対処するため、その履行期の遵守が特に厳格に要求されるものであつたことを認定することができ、証人橋本三郎の各証言(第一、二回)中、右認定に反する部分は措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。被告は右売買につき、
(1) 右橋本に売買の要素につき錯誤があつたから右売買は無効であると主張するけれども、訴外橋本三郎が、差金の授受を目的として本件売買取引をなしたものでないことは右に認定したとおりであつて、右橋本に被告の主張する錯誤がなかつたのであるから、被告の右主張は理由がない。
(2) 次に右売買取引は、相場を利用して差金を授受することを目的とする行為であつて、商品取引所法第一四五条に違反し、且つ公の秩序善良の風俗に反する事項を目的とする行為であるから、無効であると主張するからこの点について考える。
右にあげた各証拠および成立に争のない甲第一二号証の一、二、甲第一三号証によると、人造絹糸、人絹織物売買業者間ではいわゆる売主勝手渡の将来の取引を、オツパ取引と呼称していることが窺われるが、右の売主勝手渡の将来の取引は、常に、あるいは、通常、差金の授受を目的とする取引であるということはできないから、差金授受を目的とする取引であるか否かは当該取引について個々に審究さるべき問題であると解すべきところ、右に認定したとおり、本件売買取引は、人造絹糸五、〇〇〇ポンドの授受を目的とした実需取引で、現物を将来に現実に授受することを約するいわゆる先物引渡取引であつて、ただ右取引はその納期たる昭和二八年一月中ならいつでも売主たる前記橋本としてはその都合の良い時期に勝手に右商品の引渡をすればよく、買主たる原告はその時にこれを受領しなければならないところのいわゆる売主勝手渡の取引である点が特徴であるにすぎず、取引当事者双方とも、それらの契約の趣旨をよく了解し、その意思で本件売買取引をなしたものであり、右橋本は、右納期中に右人造絹糸を買入れて原告に引渡す予定であつたが、偶々同月下旬人造絹糸の相場が騰貴したので右納期中にその引渡ができなくなつたのにすぎないことが明瞭である。
してみると本件売買取引を目して、差金授受を目的とする行為であるとは到底いえず、且つ、それ故、公の秩序善良の風俗に反する事項を目的とした行為であるといえないことも明らかであり、右取引を無効であるというのは当を得ない。よつて被告の右主張は理由がない。
(3) また、右売買取引は先物取引をする商品市場に類似する施設においてなされたものであつて、商品取引所法第八条に違反するから無効であると主張するからこの点について考える。
思うに、同条は、差金の授受を目的とする等商取引上、不健全な取引を排斥する趣旨で設けられたもので、同条にいう「先物取引をする商品市場に類似する施設」といいうるためには、将来の一定の時期に売買の目的となつている商品およびその対価を授受するように制約されている取引において、取引の当時後日取引当事者双方が当該商品の転売または買戻をしたときは現物を授受する代りに単に差金の授受によつて一方的にその対価関係を決済し、自由にその取引より離脱し得る可能性のある仕組をもつ施設であるとの要件が必要であり、且つ、売買当事者双方等が多数集合してその場の気配に応じ自由に相対売買、ちようてき売買、競売買等の売買により取引を行う組織をもつか、若くは、当事者双方等が集合しなくても電話その他の方法によりそれ等の者が現実に集合して自由に右のような売買により取引を行うのと同様の機能を果しうる組織をもつ施設であるとの要件が必要であると解すべきである。
ところが証人原田重吉、山本清、田代友治(第一回)野村志計雄、竹林仁、西田豊吉、加藤二一、橋本三郎(第一、二回)の各証言、および前出甲第一号証、同甲第一〇号証の一ないし三、同甲第一二号証の一、二、同甲第一四号証、同甲第一五号証の一、二、同乙第一号証、同乙第二号証、ならびに原告会社代表者藤原長司の供述を綜合すると、一方、本件売買取引は、人造絹糸の銘柄取引といわれる将来の取引であつて、仲介人と呼ばれている「丸仲会」と称する団体(福井市内で行われる人造絹糸、人絹織物の売買取引につき、売主と買方の間にあつてその取引を仲介し、取引成立のため取引当事者双方に便宜を与え、売主からその手数料を得ることを目的とする、五名の構成員をもつ民法上の組合。)(福井市内には同種の団体が他に六、七、あり、右のような団体をつくらずに個人で同種の仲介業を営むものが約五〇名余りいる。)の仲介によつてなされたこと。そして右のような仲介者の仲介によつて成立する人造絹糸、人絹織物の銘柄取引を仲間取引と呼び、右仲間取引のうちに、将来において商品およびその対価を授受することを約する「将来の取引」と、即時にその授受を行う「即時取引」とがあるが、そのいづれにせよ福井商品取引所では、主として、人造絹糸について、銘柄売買(受渡される商品が特定の銘柄に限定される売買)に較べて実需取引に適しない標準物売買(特定の品質銘柄のものを標準物として売買契約の価格を定めるのであるが、他方、受渡される商品は、いわゆる代用範囲の商品であれば標準物と異つてもよく、その場合、右標準物との格差により、標準物より良い商品であれば値上し、悪い商品であれば値引をするいわゆる格付によつて決済される売買)を行つている関係から、一般市場において仲間取引による銘柄取引をなす実際上の必要もあつて、福井市内においては、福井商品取引所の相場とは別個に仲介者による人造絹糸、人絹織物の銘柄取引すなわち仲間取引の相場があり、仲介者も売買取引当事者もこの相場を標準として仲間取引を行い、本件のいわゆるオツパ取引、すなわち売方勝手渡の将来の取引は、「将来の取引である仲間取引」という型態の中ですでに商慣習にまで発達してきているものであることを認めることができる。しかし、他方、右に掲げた各証拠によると、右の「将来の取引である仲間取引」は、原則として、将来の一定の時期に至つて必ず現物を引渡すことを要する先物引渡取引であり、極めて例外的には、右取引をなした当事者が将来その商品の転売または買戻をなして差額の清算をなすこともあるが、その場合においては、当事者双方およびその後右取引に介入したすべてのものの間で、改めて清算の合意を得なければならず、単に自己個人の意思のみによつて自由に右取引から離脱することができないこと。他面、仲介人あるいは仲介業者が、共同の事務所をもち、あるいは単独で、前記仲間取引の相場を利用して、売方買方のため、取引の成立に必要な便宜を与えてはいるけれども、その仲介人あるいは仲介業者間相互の連絡は未だ組織化されておらず、従つて取引当事者はお互に各取引について相手方の信用の程度を重視して個別的に取引をなしていて、福井市内においては、人造絹糸、人絹織物業者間に、事実上、右仲介業者等の仲介により個別的な仲間取引が多数併行的に行われているにすぎず、本件オツパ取引もその一例に属するに過ぎないことを認めることができる。
そして右の各事実よりすれば、右仲介人団体あるいは仲介業者、その仲介の標準となる仲間取引相場、それらが取引当事者に与える便宜等の総体が形づくつている仲間取引市場は、商品取引所法第八条にいう「先物取引をする商品市場に類似する施設」と認めるに必要な前記各要件を備えていないものと謂わなければならないから、本件売買取引が右施設においてなされたとはいえず、それ故、本件売買取引が右施設においてなされたから無効であるというのは当を得ない。よつて被告の右主張も亦理由がない。
(三) ところで、前記(二)に認定した事実によると、原告と訴外橋本間の売買取引は、人造絹糸の銘柄先物引渡取引であつて、かゝる取引は敏捷に人造絹糸の市場相場の変動に対処していかねばならぬ性質をもつているものであるから、原告がその約定納期内に人造絹糸五、〇〇〇ポンドの引渡を受けるのでなければ取引の目的を達することができないいわゆる確定期売買取引であると解するを相当とし、それ故右橋本の不履行により約定納期であつた昭和二八年一月末日の経過と共に右売買は当然解除となり、そのため原告は右契約解除日である一月三一日の前記相場より低い、少くとも前記(イ)の東洋棉花株式会社からの納期一月中の先物引渡取引における買付価格で且つ市価相場であつた一〇〇ポンド当り金二三、一〇〇円の割合による五、〇〇〇ポンド分の合計金一、一五五、〇〇〇円から、右橋本からの買入約定価格金九四五、〇〇〇円を差引いた金二一〇、〇〇〇円の損害を蒙つたことになるが、右損害は右橋本の不履行による契約解除により原告が蒙つたものであり、右損害の生ずべきことは右橋本の予見し得たところであるから、同人には原告に対して右金二一万円の損害を賠償すべき義務があると謂わなければならない。
(四) そこで、被告会社が果して右債務につき訴外橋本三郎と連帯してその責に任ずべきか否かについて判断する。証人原田重吉、山本清、橋本三郎(第一、二回、但し後記措信しない部分を除く)、野村志計雄、西利一、加藤二一、田代友治(第二回)、菱屋正春(第一、二回)、漆原健次郎(第一、二回)、久世正也、田中章五、酒井昭三、江良泰行の各証言、および前出甲第一号証、証人久世正也、橋本三郎(第一、二回)の各供述によつて成立を認めうる甲第二号証、甲第三号証の一、二、甲第五号証、成立に争のない甲第四号証の一ないし七、甲第六号証、甲第九号証、甲第一一号証、ならびに原被告会社代表者本人の各供述、検証の結果を綜合すると、被告会社から右橋本に対し現実には俸給を支給しておらず、右橋本も、福井市における営業状況を逐一被告会社に報告してはいなかつたが、一方、被告会社は昭和二七年一〇月頃右橋本を形式上同会社の従業員として待遇することを承諾し、書類上では被告会社から同人に月給二〇、〇〇〇円を支給することとし、現実に同人の税金を被告会社が負担し、且つ同人を被告会社の従業員として健康保険に加入させていたこと。昭和二七年一二月上旬から翌年一月上旬までの間、被告会社は同人から被告会社宛の差出人名義三原物産株式会社福井出張所なる封書を受取り乍ら同人に対し右名義の使用方を禁止していないのみならず、被告会社からも、右名義を用いて数回に亘り同人に郵便物を出していたこと。昭和二七年一一月上旬頃から同人が業として福井市で人造絹糸等の売買をはじめたことを被告会社代表取締役平松毅が知つていたこと。その頃同人が田中洋行株式会社と人造絹糸の取引をするにつき、同人の右取引代金の支払の便宜のために、被告会社は同会社振出の約束手形三通を同人に貸与していたことをも認めることができ、これらの事実より、被告会社が同人に対し三原物産株式会社なる被告会社の商号を使用し、その福井出張所なる名称を用いて営業をなすことを黙許していたことを推認することができ、証人橋本三郎(第一、二回)の各証言中、右認定に反する部分は借信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
更に、証人原田重吉、山本清、橋本三郎(第一、二回)、野村志計雄、西利一、加藤二一、田代友治、久世正也の各証言、および前出甲第一号証、同甲第二号証、同甲第五号証、同甲第九号証、同甲第一一号証、ならびに原告会社代表者藤原長司の供述を綜合すると、前記訴外橋本は、昭和二七年一一月初旬三原物産株式会社福井出張所を開設するにあたり、原告をはじめ福井市の多数の人造絹糸売買業者に対し三原物産株式会社なる商号を用い、同会社の福井出張所なる名称を用いて案内状をだし、その後も右同様年賀状をだし、また、右橋本の前記店舗には右商号を表示した看板を掲げ、その商号を用いて人造絹糸の売買取引を継続し、本件売買取引においても右商号を用いて原告と取引をなしていたこと。福井市内には人造絹糸、人絹織物の売買取引の便宜上大阪市に本店を有する多数の商社が出張所を設けており、その出張所は、福井市における右取引につき、本店を代理して営業をなす権限を持つているのが通例であつて福井市において人造絹糸の銘柄取引にたづさわる業者が、出先の出張所と本店との関係を逐一調査して取引することは、右商取引の実情からみて煩瑣に過ぎ到底期待することのできないものであること。原告は右橋本の不履行を察知し、昭和二八年一月二四日頃被告に履行方を督促していることを認めることができ、これらの事実よりして、原告が取引の当初から被告を右橋本の営業主体と誤認していたことを充分に認定することができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
被告はこの点につき過失相殺を主張するから、この主張につき考えるに、右に認定した各事実、殊に福井市内において、人造絹糸の銘柄取引にたづさわる業者が出先の出張所と本店との関係をいちいち調査して取引をなすことは右の商取引の実情からみて煩瑣に過ぎ到底期待することのできないものであることから、右のような調査をなすべき義務を取引当事者に課すべきことは酷に失するものと謂うべく、従つて原告に調査義務を尽さなかつた過失があるとの被告の主張は理由がなく、その他本件すべての証拠によつても、原告に何等かの過失があつたと認むべき点がないから、被告の過失相殺の主張は採用し難い。
それ故、被告には、自己の商号を使用して営業をなすことを右橋本に許諾した者として、被告を営業主と誤認して取引した原告に対し右橋本と連帯して前記損害を賠償する義務があるというべきである。
(五) 以上の理由により、被告は原告に対し前記損害金二一〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明白な昭和二八年二月一九日から支払済にいたるまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべく、その支払を求める原告の本訴請求は、すべて正当である。
よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 神谷敏夫 市原忠厚 海老塚和衛)